zanzibar 2-1. dec. 2003

恐るべき正確さでここ何日間かを正しく働き続けるおれの体内時計のおかげで、今日もまた、気分良く目覚めてしまった。気分の良い朝なんて東京じゃ考えられんからな。嫌な予定や面倒な用事なんてモンが無きゃ、朝だって気分のいいお友達のようなモンだ。いつものようにクルリッと回転しながらベッドから飛び降りる。朝から何と言う軽い身のこなしなんでしょ。カメラを手に、早速村へ行くのだ。今日は昨日習ったばかりの「ウナタカピチャ!(写真を撮らせて!)」を試すと言う大いなる楽しみがあるのだ。一刻も早く試したくて、夏休みのガキのような無邪気さでベッドから村へ直行する。だが、おれが早起きしたつもりでも、みんなは当たり前にもっと早起きで、すでに活気のある朝の景色が展開されていた。「ジャンボ!」を嵐のように浴び「タカ!タカ!」と何処からともなくおれを呼ぶ声も聞こえる。普通に村人になったような錯角さえ覚えてしまう程のさり気なさで接してくれる村の人々。何気ない朝の挨拶や軽い立ち話が、ささやかな、しかし無上の喜びを与えてくれる。まずは馴染みの顔に「ウナタカピチャ!」を試す。思い掛けない言葉に相手の顔が笑顔で弾けた。おぉ〜素晴らしき言葉の魔法!もちろん調子に乗って次々に連発だ。拙い「ウナタカピチャ!」が朝の村に笑顔爆弾を炸裂させて行く。威力&効果に自信満々のおれの眼に飛び込んで来たのは、可愛い赤子を腕に抱いて働いている若妻。オォ〜! 他にもイスラムネグリジェのようなセクシースタイルのままで、家の前を掃いている女も眼に入ったが、余りにも凛としたオーラに声が掛けられなかった。薄い生地越しに逆光で透けて見えるプリプリ乳房が、ほうきの動きに合わせて、プルプルと弾んでいる。うぅ〜ン! 抑圧イメージのイスラム世界も実際に入り込んで見れば、こんな生々しく弾んだ性の現場にも出くわすのだ。ええ〜やんけ、われぃ! 渋谷辺りののションベン女なんかよりよっぽどええ〜よ! しかしターゲットは若妻だ。このムリ目な女の人にも「ウナタカピチャ!」を試す。唐突さと驚きにはにかんで後ずさりする女。急激に弱気になり、こっちまで後ずさりしたくなってくるぜ。やっぱりムリかと諦めかけていると、なんと男性軍が加勢してくれるじゃないの。みんながニヤニヤ顔で「撮らせてやれよ!」などと援護射撃してくれて、なかなかの男の連帯感のようなモノまで味わえるのだ。「恥ずかしがってるのはOKって事だよ!」などと、勝手な解釈でおれに撮影許可をくれるのだ。ZUBE、こりゃスゴイ威力だよ、サンキューZUBE !

上機嫌でサンパラに戻ると朝食が用意されていた。昨日ZUBEにもらったアヒルのゆで玉子がパンの横にポコンと乗っかっていた。またしてもサンキューZUBE ! なんて事ない味だが、ありがたく頬張る。一品増えただけなのに、妙にリッチな気分だ。朝の光が余りにも素晴らしいので食事を中断しカメラに手を伸ばした。本日の朝食のポートレイトだ。椅子の上に立って俯瞰で狙ったり、窓際に持って行ってコントラストを強くしたりと、ボケ頭の割に湧き出るアイデアとイマジネーションに撮影は終わる気配が無い。それを見ていたサルーが呆れ顔で「Everything Picha!」と一言。無限大の暇が創り出す贅沢な遊びか?それにしてもパパイヤのテカり具合がシズル感満載で、いかにもモノクロ映えしそうだ。

え〜、今日はスターフィッシュが珊瑚の上を歩いて蛸を捕まえようと約束した日だ。さっき現われたISSAがおれを海に誘うので、先約があると説明したのだが、「誰だ?誰がスターフィッシュだって???」と不思議顔だ。約束の8:30を過ぎても姿を現わさない謎の男スターフィッシュは放っておいてISSAと遊んでもいいかなぁ〜などと考えていると、この前の船で一緒だったハンサムキャプテンがやって来た。今日はスターフィッシュは来ないらしい。早速ISSAはキャプテンに「スターフィッシュって誰だ?」などと質問を浴びせている。ISSAには謎の男でも、おれは先日一緒に釣りに行っているので、謎でも何でもないただのズングリ男なのだが。だいたいこの小さい村に謎の男など住んでいる訳はないのだ。いつも白人相手にいい加減な商売をしてるんだろう、それで初日に会ったおれにスターフィッシュなどと名乗ってみたものの、サンパラに泊まって村の人間と仲良くなったおれの前に出れなくなったのだろう。たぶん。悪い男じゃ無いんだけどね。リゾート型じゃなく地元密着型のオレにやりずらさを感じてキャプテンをよこしたんだろうね。船まで行くと新顔のアシスタントが、出航の準備をしていた。

ダウに帆を張り爽快に、いや、豪快に走り出す。今日は午後の釣りが中止になる程の強い風がビュウビュウと吹いているのだ。まだ9時を少し回った位の時間だが、晴れ渡った邪魔者の居ない蒼い空からは鋭い太陽光線が矢のように降り注いでいる。そんな太陽の熱い矢を振り払うような強い風が爽快だ。当然スピードも今までで最速。元気の良すぎる風をまともに受けて、はち切れそうに張り詰めた帆で、あっけなく船がひっくり返りそうだ。一際透明で凄まじい程の碧い海を呑気に眺めている場合では無い。こりゃかなりのスリルだ。ビニール袋に入れたカメラをかばいつつ帆の反対側に陣取り目一杯身体を外側に反らせておれなりにバランスを取る。必死なおれと眼が会ったキャプテンがニヤッとクールな笑みをこぼす。白人客を乗せた他のダウの上では、クルーの他は無駄にふんぞり返って、バランスなど取ろうとさえしていない。相変わらず鈍感かつ愚鈍な連中だ。普通に恐いだろ、自然にバランス気になるだろ!暫く観察していると、キャプテンはISSAじゃないか!良い客捕まえたな、金はたくさん分取ってやれよ!ともあれ、軽やかに海面を行き交うダウも、遠目に見るのどかさとは裏腹に、相当にスリリングなのだ。

今日は大潮。見た事のない陸地がいつものリーフのエッジに姿を現わしている。インチキ小僧スターフィッシュが数日前に約束した珊瑚の上を歩くと言う約束は、どうやらこの事のようだ。半月に一度だけ姿を現わす珊瑚の大陸を歩こうだなんて、なかなかロマンのあるいい話じゃないか。インチキは名前だけなんだな。いや、あの名前はちょっとしたサービス精神なのかも。アンカーを降ろし、もう膝位まで浅くなった海を歩いて珊瑚大陸を目指す。少し先では既に到着していた大人達が蛸を捕まえていた。観光客をここへ連れて来ては小遣いを稼いだり、蛸を捕ったり魚を突いたりと、珊瑚の大陸の恵みは大したものだ。

船から少し歩いたところで、珊瑚大陸へ上陸。浜辺から約2km。そして、ここから約200m先では、外洋からの凄まじいパワー満載の波が容赦なく押し寄せて来ては豪快に砕け散っている。力任せに突っ込んで来ては粉々に砕け散る波頭の、いつもは聴けないような怒号が、優しさに満ちた恵みだけではない畏敬のようなものを思い起こさせてくれているようだ。剥き出しの中で自然に調和して生きる、丸ごとそれに飲み込まれて生きるしかない人々の力強さがその時無性に羨ましく感じられた。そして、それを羨ましく感じる自分にも疑問が浮かんできた。おれの理想の世界ってどんなだろう? 便利で安全に張り巡らされたシステムや情報に守られた「こっち側」の世界で暮らしつつ、お金と暇さえあればこんな風な剥き出しの自然に貼り付いて生きる人々のいる「あっち側」の世界へひょいっと一飛び。しかも自然も人の暮らしも活き活きと、何一つ失われていないなんて都合の良い世界なのかな。虫がイイ話だね、全く。「あっち側」を好き放題に吸い取って不細工に膨らんだ「こっち側」の世界。一説によると、全人類で銀行を利用している人間の比率というのがあって、それが確か0.2%程度なんだそうだ。銀行を利用出来る程度の暮らしをしていると言う事は、乱暴に言えば、貪る側の人間だろ。たった0.2%が地球を我が物顔で支配してるって事だ。数字の真偽はともかく、そう言う切り口で世界を考えた事がなかったから、エラく新鮮に耳に飛び込んで来たんだよな。そんな経済学的な話じゃなくても単純に今、おれが普通に使っているカメラやパソコン、飛行機だって、本当に地球上の全ての人に行き渡って、全ての人が利用出来たとしたら、おれの望む「あっち側」なんて、一瞬で「こっち側」と同じになってしまうんだろうな。実際にISSAやZUBEだってメルアド持ってたしなぁ〜。たまたま「こっち側」に生まれついたおれが、もしも「あっち側」の世界に産まれていたなら、世界はどう映るんだろう? ノスタルジーに彩られて消えゆく世界に思いを馳せるのも悪くは無いが、世界は萎んで失われて消えて行くだけじゃないだろう。知らず知らずに姿を現わしつつある「ナニか」に思いを馳せて想像を逞しくしなきゃ、変わりゆく世界の鼓動なんてモンを生々しく感じる事は難しいのかもね。でも、何だか正体のはっきりしない「現われつつあるナニか」が余り気分良く歓迎出来ないシロモノなんじゃないかと感じるのは、ただの気のせいなのかな? それとも、薄まって何処へ行っても変わらない金太郎飴みたいな世界に対する、生理的な嫌悪のせいかな?

ゴツゴツと歩き難い珊瑚大陸の上を足下で取り残された海星やウニ、貝などと戯れながら進んで行く。目指すは約200m先の大陸の果て。デカ波にぶっ飛ばされて砕け散った幾つもの巨岩とその欠片。その荒々しい景観が圧倒的な力を見せつけてくれているようで、胸がすくようだ。と、ふと思い出した。確か蛸捕りが目的だったような気がするが、このキャプテンはスターフィッシュから聞いて無いのかな?会えるかも知れないはずのイルカは、あの波の向こうにいるのかな?でも、どうでもいいか。それよりも、早くあの凶暴なデカ波を間近で見たい。のんびりと長閑な景色に飽きたのかな? 優しく美しすぎる景色や人々に囲まれ過ぎたせいか、ねじ伏せられるような凄い力を早く体感したいと思った。猛り狂う怒号を生で感じたいと思ったのだ。おれ達が幾ら進歩進化したって、征服出来ない「大きな力」があると言う事を思い知りたかったのかも知れない。「こりゃかなわねぇなぁ〜」などと、声にならない声で呻いてみたかったのかも知れない。

帰る途中、ISSAのダウと合流してシュノーケリング。ISSAからマスク&シュノーケルを借りて、潮が満ち始めて良い感じの水深になってきた海へ飛び込む。楽しいナ〜、こんないいとこで、気の良い連中に囲まれて遊ぶだけだなんて、本当になんちゅう開放感なんだろうねぇ〜。巨大なイソギンチャクに寄り添うように揺らめいているクマノミが、近付き過ぎたおれの顔目掛けて体当たり攻撃をしてきた。コツッ、コツッとマスクのガラスに当たる硬い音が心地良い。自然に笑いが込み上げ、余りの楽しさに可愛いクマノミに向かって「ウァ〜!」などと絶叫だ。イソギンチャクに守られて、動じる気配すらない。ニクイやつだ。可愛すぎるんだよ、お前等!

結局、蛸もイルカも無かった。けれども、騙された気分でも無い。スターフィッシュも可愛いモンだ。自分の代わりにちゃんとハンサムキャプテンを寄越したし、アシスタントのチビも働き振りが気分良かった。この村の全てが愛おしくさえ思える。爽快かつ豪快なシチュエ〜ション、満足と充実が体中に漲っている。帰りのダウで、何処かの国のベタなCM風に、ファイト一発!、根性一発!で、風に負けないように思いっきり身体を外に反らせると、全身から「大笑い」が込み上げて来た。その「笑い」は、矢のようなスピードで後に飛んで行く。そして透明な碧の上で、もの凄い力でおれを包む風の中へ、嬉し気に消えて行くのだ。

海から上がり、ISSAにカメラを渡した。まだ一枚も無い自分の写真を撮ってもらうのだ。最高の海をバックに究極の記念写真をね。