zanzibar 27-1. dec. 2002

「どちらへいかれたんですか?」

「タンザニア(面倒クセ〜)」

「.....それは何処ですか?」

「本当に聞いてんの?(ムカッ)」

「.....」

「お前そんなことも知らないでそこに立ってんの?(ムカムカッ)」

「...はぁ...」

とっさにそいつの胸ぐらを掴み強く引き付けながら吐き捨てるように答えを教えてやる。

「バカだなぁ〜おまえ!アフリカだろが、ア・フ・リ・カ!ケニアの下だよ!(ムカムカムカムカッ)」

「....」

あっけに取られているのか、そいつは無言のままだ。

「お前、常識だろがぁ〜!アホか?よくそんなんで、偉そうにそこに立ってられんなぁ〜カスッ!(死ね!ボケ!)」

グリグリと襟刳りを締め上げる。脂汗を生気の無い顔に浮かべながら、そいつは呻き声を上げる。

「...うぅぅ...」

成田税関で係りのバカ男との80%実際のやり取り。おいおい大丈夫か?日本の水際ちゅうか、空の玄関は?のんきな国のバカ野郎共!2年前のマダガスカルからの帰りにも同様なやり取りがあったが、国の名前も知らんヤコブ頭の惨めなプチ権力者め。お前等のようなのが、いつぞやは北のセンスのないボンボン息子を簡単に入国させたんだろが!ビーチボールの地球儀よりも軽いカス頭に加え、恐ろしく低い職業意識。せっかくの素晴らしい一人旅の思い出に、思いきり水を差してくれるじゃねぇか!何処の国のどんなやつらでも、それぞれの居場所で抜け目なく当たり前の鋭さを持って生きてるぞ!お前らの堕落振りは死刑に値するぜ。国家が人を裁くんじゃねえぞ、一小市民の常識でもって堕落甚だしい腐臭漂うハエさえ集(たか)らない無価値な権力者を引きずり降ろすのだ!ガハハハッ!

変則的に旅の最後の下らない光景の描写からスタートだ!いい旅の締めくくりにこんなエピソードじゃ悲しいからね。最初に書いたよ。

 

「ザンジバルなら飛行機で一飛びだぜ、兄さんよぅ〜。」

歌うようなイントネーションでおれとタクシードライバーに割って入って来たのは丸っこい顔のズングリおやじだった。もうゲップが出る程飛行機を堪能したおれに、さも「いい話を教えてやるぜぇ〜」という雰囲気だ。丸く黒い顔にグリグリ目玉。必要以上に面積の多い白目が印象的だ。人の良さそうな表情だが、抜け目なさと押しの強さを兼ね備えた不敵な男。ズングリおやじの理屈はこうだ。ダルエル市街までのタクシー代&フェリー代の合計と、ここからザンジバル島までの飛行機代&ザンジバルの市街までのタクシー代の合計では後者の方が安い。しかも飛行機はたったの15分。フェリーは何時間もかかる。安くて早い飛行機にしないのはおかしいだろうと。それはわかるが、おれはもうゲップが出る程飛行機に乗ったんだよ、うんざりなんだよ、フェリーで旅情が味わいたいんだよ。せっかくだからダルエスの街も見たいしな。

明らかに東京とは異質な密度の高いねっとりが、体の隅々に心地よく絡み付く。熱帯の空気と匂い。30時間前にいた冬の東京とは全く違う。湿り気を含んだ熱気が、タンザニアを分かり易く実感させてくれる。そしてどこの国へ行っても、旅の始まりはいつも、このタクシードライバー達とのやり取りからスタートする。

必要なページだけをちぎって再編集されたわしオリジナルの「地球の歩き方」。開いた島へのアクセスのページを勝手に覗き込み、何社もあるフェリーの項目にボールベンで、「No! No1 No!」と次々にペケを付けて行く男。結果、タイミングのイマイチなやつしか残ってない!意外な攻め方するなオマエ。港へ行っても船は無いってか!まあ、そういう切れのある攻め方するならお前に乗っかってもいいけどな。無理に流れを変えても良く無いだろう、ここは言う事聞いとくか。安い方を薦めてるんだしな。「じゃあ飛行機で行くよ!」嬉しそうに、そそくさとタクシーへ案内するズングリおやじ。乗り込んで微妙に距離のあるドメステターミナルへ。すると「ここまで5$だ!」おい、聞いてねぇ〜ぞ、と思いつつも自分のツメの甘さを悔やむ。早速やってくれるじゃねぇか。

滑走路には横山やすし師匠を偲ばせるようなセスナが可愛いらしく何機か止まっていた。うぅ〜ん、アレかぁ〜と唸りつつ待機。客はおれ以外にアフリカ人二人。「ジャンボ!」と話かけてみると、愛想のいいアフリカンスマイル(なんじゃそりゃ)が帰ってきた。いろいろと話してみるとその男は色々な国へ行っていて、日本にもついこの間行って来たと言う。パスポートに日本のビザがあった。初めて見たよ。「サガミハラ、ヨコハマ」などと変化球で攻めてくるのだ。もう一人の男が持つ大きなブーメランが妙に気になる。ただのおもちゃにゃ見えないよ。

コックピットのガラスに空いた丸い窓に、おれのカメラが具合良くスッポリとはまる。剥き出しのメカを飛行機オタクよろしくマニアックに撮影。狭いスペースに、無理矢理気味に詰め込まれた計器類やスイッチ類がクールに男心をくすぐるのだ。くたびれてはいるものの、精密な機械だけが放つ特有の無機質さにウットリだ。だだっ広い滑走路の手前で華奢なトンボの様にしか見えなかった頼り無いセスナも、間近で見るとそのメカニックな重厚さで、魅惑的かつ刺激に富んだ空の旅を約束してくれているようだ。

大きな大人の男3人がミニクーパにでも乗り込むように腰を屈め、頭を天井にぶつけないように気をつけながら順序よく乗り込んだ。不思議なもので、この狭さが自分の体でさえ精密な機械の一部と化したかような心地良い緊張と安堵を与えてくれる。だがしかし、ちょっとどうだろう?シートカバーはヒョウ柄じゃなくても良いんじゃないの。でも、アフリカだからいいのかなヒョウ柄で。トラック野郎じゃないよね。

身を縮めつつも、確実にやって来る空撮タイムに備えカメラをスタンバイ。前の席のパイロットの頭を眺めつつ、強引な唸りをあげてわしらのトンボちゃんは力強く頼り無く加速して行くのだ。ダイレクトにGが掛かりヒョウ柄シートにねじ伏せられながら、愛しのトンボちゃんはスッと地を蹴って浮かび上がるのだった。

軽やかに浮かび上がったものの、アタマの中では唐突にランディ・ローズのことが浮んで来た。わしの中ではセスナと言えば横山やすし師匠とランディ・ローズだ。ランディ、志半ばで儚く散ってしまった天才ギタリスト。高校生の頃のおれの神様の一人。おれは多神教だから、ロックの神様もひとりじゃない。でもランディは3大神の一人だ。エディ・ヴァン・ヘイレンの燃え上がるようなエネルギーとマイケル・シェンカーにも通じる憂いを含んだメロディ、しかし何にも増してオリジナルなのは全体を覆うオカルトチックなムードだろう。狂人オジー・オズボーンを瞬時に虜にしてしまった程のオリジナリティとカリスマを合わせ持つ若き天才。約20年前、彼の命を奪ったのは、そう、今おれが乗っているようなセスナだった。大切な人を亡くし、時間が止まってしまったような虚しさとやり切れ無さに向き合ったのも、その時が初めてだったかも知れない。新しいサウンドは残された人の耳に永遠に届く事は無いと言う重い事実。残されたたった2枚のアルバムを擦り減るまでターンテーブルで回し、野心と革新的なギタープレイに満ちた幻の3rd アルバムが何度も夢に出て来た。夢の中で確かに鳴り響いていたあの音は、目が覚めた後で2度と鳴り響くことは無かった。と、勝手に感傷に浸りながらもどんどん高度を稼いで行く。近付く雲がおれをランディのもとへ誘っているようだ。おいおい、ザンジバルへ向ってくれよ!

眼下には無茶苦茶な密度で広大に広がるダルエス・サラームの街。その先には、その名もザンジバル海峡が碧く横たわっている。約35キロ沖合には、「あのウェイトレスにザンジバルへ戻ると伝えてくれ!」と、ビリー・ジョエルが歌ったザンシバル島がおれを待っているはずだ。