『幸福』って!

「中東」のイメージ。ヤバイとか危ないとか恐いとか、まあ今のご時世ネガティヴな言葉が並ぶのは仕方がない。でも「アラビア」って言い換えると多少ロマンチックに感じるから不思議だ。そうそう、不思議っていうのも結構フィットするかも。ま、「アラビアン・ナイト」のイメージだろうけどね。魔法のランプに空飛ぶ絨毯。そりゃ、不思議でロマンチックに決まってるつーの。で、「アラブ」って言い換えると、これまた厳ついイメージだ。でも、アラビアの先っぽのイエメンって言う国は昔「幸福のアラビア」と言われていたらしい。「幸福」って尋常じゃない。過去に栄えた国や今の世界を見渡しても、抜け抜けと「幸福」がキャッチ・フレーズになるような国はそうないだろうね、多分。アラブやイスラムと言うのは、自分との距離が物理的にも精神的にも果てしなく遠い分、妙に興味が湧くんだよね。勝手なイメージや先入観に偏見がてんこ盛りでさ。だから、一度は見ておこうと言うのが、今回の趣旨であります。

 

金ピカって!

ま、一応趣旨を確認しながらも、飛行機は一路ドバイを目指す。初めてのエミレーツは快適だよ。座席のモニターもエコノミーの割りには大きいし、映画も100タイトルは軽く入ってる。飯はそこそこだけどね。昔乗ったヴァージンは、器も凝ってたし、味も結構イケたけど、今はどうなんだろ。で、ドバイに着くとダッシュで乗り換えるのじゃ。丁寧に案内してくれたから間に合ったが、一人じゃアウトだよ。なんせドバイの空港は、ピカピカな上にだだっ広いからね。なんでも「世界にあって、ドバイに無いものは無い!」と豪語してるそうだ。誰がかは知らんよ。まぁ、アラブの金ピカ部門はドバイに任せるとして、古き良きアラビア風情の充満したイエメンはもうすぐなのだ。

 

バスって!

8:55サナア着。昨日の夕方は東京にいたのに、もうイエメンだ。呆気ない到着にまだ気分が出来上がってないが、とりあえず入国。これまた極めてスムース・インな感じで拍子抜けだ。数人寄ってきたタクシーを断り、バス停まで歩く。殺風景で埃っぽい景色。ロマンチックさはかけらも無いね。雲は無く太陽が痛いが、高地のせいで汗ばむ事はない。バスはすぐに来た。バスと言っても小型のワゴン車だ。荷物と共に乗り込むと、もうあまり客は入りそうにない。一度乗り換えてバーバルヤマンを目指す。途中、何人かが開けっ放しのドアから乗り込んで来ては降りる。このいい加減さが旅の気分だ。20RY(リヤル)で無事到着。タクシーなら500〜1000RYはかかるそうだ。人で溢れ返る喧噪の中で、バーバルヤマンを探す。バーバルヤマンとは旧市街を囲む城壁の門だ。で、旧市街は世界遺産に登録されているのだ。バスを降りれば目の前にあるはずだと思っていたが・・・。しばらく迷ってその門を見つけた。写真で見覚えのある景色に、ようやく気分が出て来た。穴があく程眺めた雑誌の写真と同じ場所だ。その写真の中に紛れ込んだ自分を軽く想像しながら、門をくぐった。

 

6階って!

一応、泊まりたいホテルは決めてある。が、門をくぐると言う事は、迷路の入り口に立つ事を意味するようだ。早速、地図と現場が合わない。辺りは時空を超えたいにしえの景色だが、今はただイラ付く石の固まりだ。思いのほか誰も構ってくれないが、親切なヤツが現れた。地図を見せて案内を乞う。細い路地に入り、人の家らしき敷地を通り過ぎ、トンネルをくぐり、やっとたどり付いたホテルを誇らし気に指差す親切な男。クネクネと歩いたのは無駄だったのか、指の先には違う名前のホテルが。ま、シナリオ通りっちゃ、通りなんだけどね。タージ・タルハ・ホテル。しんどいので、ここにチェック・インだ。標高が2300mもある高地のせいか、6階までの階段を荷物と共に上ると、死にそうな程息があがってしまった。一泊$18。高いんだろうね、きっと。

 

葉っぱって!

昼寝。午後の旧市街へ。さっそく怪しい日本語の男に付いて歩くおれ。自分の銀細工の店や、仲間の店などを案内してくれる。まぁ、頼んではいないのだが。仲間だというアクセサリー屋の店先で、イスに腰をかけ、ガートと言う葉っぱを頬張りながら世間話。差し出された葉っぱは社交の証だろうからありがたく頂戴するが、不味いよ、トンでもなく。でも、彼等にはこれをほっぺた膨らませてクチャクチャやるのが至福の時なんだそうだ。昼飯食ったら、さっそくコレだからね。幸せだよね、そんな生活。でも、辺りを見回しても楽しそうにクチャクチャやってダベってるのは男だけだ。本当に男だけの世界。う〜ん、やっぱ不幸だ。酒も女も御法度なら、男同士で集まって苦い葉っぱをクチャクチャやるしかないのかもね。

 

地球博って!

なんでも彼等は「愛・地球博」でイエメンのブースを出していたらしく、日本語がそれなりに話せるのだ。3ヶ月の特訓の成果にしてはたいしたもんだ。店の外では、ガイドブックで見たような光景が広がっている。入り組んだスーク(市場)、ジャンビーアと言う短剣を腰に差した男達、真っ黒な服で顔まで覆った女、アラビア語の会話、匂い、騒音。日本で予習していたコトが、早くも一気に押し寄せて来てしまった。不味苦い葉っぱで口の中が麻痺してきたので席を立つ。別れ際、怪しい日本語の仲間は、売り物のアクセサリーを一つ壁からはずした。それから、葉っぱでほっぺたを膨らませたままの顔で「日本じゃ3000円するよ〜」と嬉しそうにプレゼントしてくれた。

 

案内って!

一人になりスークを探検。しかし、外人さんはいい遊び相手か小遣い稼ぎのカモだ。そうそう一人ではいられない。2人組の男が現われ、案内をしてくれると言う。また、案内かよ!と思いつつも付いて行くダメなわしである。とある建物の屋上から、旧市街を眺める。絵本に出て来そうなアラビアンな街並。迫る岩山。浮かぶ月。あ〜、なんて旅の景色なんだろう。24時間前に東京にいたのが信じられん程に現実離れした景色の中にいるのだ。地球は広くて狭い。そんなロマンに満ちたほろ酔い気分も、この2人組との別れ際には、やっぱり金でもめて白けてしまう。白けているおれに、横で見ていたガキが残念そうな身振りと共に教えてくれた。「あいつ等悪い奴だよ!」。ありがとう、ガキよ。今はあいつ等を恨むより、君にありがとうを言おう「シュクラン!」

 

ケバブって!

晩飯は、スークの中にある屋台が集まる広場にて。勝手がよく分からないが、パンの屋台で小さいパンを2、3個買い、表で美味そうにケバブを焼いている店へ。適当に指差し注文し、中のテーブルへ。とりあえず何か食べたいと言う気分と、毎日羊かもと言う不安を交錯させていると、ケバブがやって来た。指の大きさのやつが4、5本。トマトやタマネギ、葉っぱの入った、チリソースのようなタレ。周りの男達に倣い、パンにケバブを挟んでタレにつけ、ガブ付く。美味いよ〜、パンももちもちしてるし、トマトのタレもいける。みんなが食べてる豆のスープも追加して、充実のひと時だ。食べ終わると何処からともなくチャイ屋がやって来た。座ってるだけで、色んなもんが勝手にやって来るのがこの手の飯屋のいいとこだね。小ぶりのグラスに入ったチャイを飲み干し、ごちそうさんだ。しかし、どこに入っても男だらけ。向かいの席の可愛い女の子をチラ見しながら、な〜んてシチュエ〜ションは永遠にやって来ないシチュエ〜ションなのだ。羊と男の国なんだな、きっと。

 

ケ、ケバブって!

この広場は、昼間の怪しい仲間の店も面している。そこそこ満腹の帰り道、声がかかった。あやしい仲間の店からだ。仲間のお爺さんを紹介された。固い握手と男の笑顔で、瞬時に熱く結ばれる俺達。男の世界はシンプルでいい。しかし、爺さんが飯をごちそうしてやると言いだした。おいおい、そこそこ満腹のオレになにを。断れないのも男の世界。「おお、うれしいね、じゃいただきます!」と調子良く受けるわし。爺さんが広場から調達してきたメニューは、ケバブにパンに豆のスープ。デジャブのような馴染みの料理に涙で目が霞むぜ!男の世界は熱く厳しい。満腹過ぎる帰り道、さっそく迷ってしまった。迷路だもん、夜だし、迷うよそりゃ。案内を頼んで、なんとかホテルにたどり着いた。200RY。毎回こんなに巻き上げられたんじゃ、たまらん。早く道を覚えよう。

 

爆声って!

朝5時。爆音で響き渡るアザーンで叩き起こされる。まだ暗いよ。しかも一カ所からではない。サラウンドだ。旧市街のモスク全てから響き渡る声。コーランを読み上げる声かと思いきや、信者をモスクでの礼拝へと誘う声だそうだ。神聖とはほど遠いその爆声に呆然としながらも、いつの間にか眠っていた。ハッと目を覚ました時には、朝の静寂と夜明け前の素晴らしい空のグラデーションが窓から見えた。さすが6階だ。すぐさまカメラを手に屋上へ。ステンドグラスから漏れる家々の灯り、迫る岩山の稜線、雑多な旧市街の建物を画期的なライティングで照らす低い太陽光。ここの日常の景色に違いないが、はるばるやって来た俺には第一日目に相応しいウルトラスペシャルな朝。そして、非日常の旅の日々がこれから始まるのだ。さあ、部屋に戻って3度寝だ!

 

商談って!

朝9時。アブドゥラ・ハミードが宿にやって来た。13才のガキんちょだが、こいつはデキるガキなのだ。昨夜知り合って、何となくのイエメンの予定を話したら、任せろ!ってことになった。新しいジーンズに新しいスカーフ、新しいジャンパー。なんだかピカピカな出で立ちで颯爽と現われた。徒歩2分ほどの場所にあるヤツの事務所で、ツメの商談。大体のところは昨夜軽く済ませてある。アブドゥラの兄貴も登場し、ディテールを確認。世界遺産シバームをサンライズとサンセットの時間に絶対見たい。ビンラディンの親戚の家には必ず行く。カラシニコフはどこかで必ず撃たせろ。などなど、夢は膨らむのだ。膨らんだ夢も、この交渉次第で萎んでしまうのでこっちも必死だ。で、最終的に全てのリクエストを叶えるドリーム・ツアーが$365でまとまった。東部の砂漠地帯にあるシバームを巡る5泊のミニトリップだ。長距離バス、宿、食事、現地での車、ドライバー、パーミッション(通行許可書)&手続き一式、と言ったところ。ふぅ〜、英語疲れるぜ!

 

 

アラブ流って!

イエメンと言う国は観光に力を入れている反面、部族間や政府と地方の力学が複雑で、自由に気軽に何処へでも行けるわけではない。ツーリストポリスへ出向きパーミッションと言う書類を作らないといけない。客人はとことんもてなすのがアラブ流。だから旅人は政府の大事な客人なのだ。その客人が無事で帰れないようなら、政府の面目は丸潰れだ。だから反政府的なグループは旅人を誘拐し人質にとり、政府の「恥」に付け込んで、ネゴシエーションに利用するのだ。だから、パーミッションという書類で旅行者の行動を把握及びコントロールする必要がある、そうだ。銃を持った荒くれ人間だらけの無法地帯ではなく、礼を重んじるが故に浮かび上がる物騒な世界。ちょっと、ややこしいね。

 

回りものって!

夕方、再びアブドゥラと合流。やつのファミリーはホテルも経営してるのだ。まだ改装中の部屋を見て回る。綺麗ないい部屋だ。何より広いのが気に入った。$11でいいと言う。今の部屋は狭くて$18だからね。早速明日引っ越す事に。で、晩飯だ。仲間を一人加え3人でローカル御用達の年季の入った店へ。一階は厨房で、上のフロアで食べる。階段を上ると、そこはただの床。みんなダンボールを敷いて地べたで料理を囲んでいる。イスやテーブルなんてないのだ。そして、もちろん男だらけ。しばらくすると、豆とチーズと羊肉の挽肉のカレーのような料理が鉄鍋に入って運ばれて来た。こいつを真ん中に、みんなでパンをちぎってカレーに付けて食べる。熱くて美味い。ちょうどいいスパイシーさが、ニクいヤツなのだ。食後はチャイ。こいつがまたスッキリ爽やかで最高なのだ。で、幾ら払えば?と金を出そうとすると、アブドゥラの手がスッとおれを制止した。「ごちそうするよ!」おぉ〜。更には「金は天下の回りものさ、なくなってもまた戻って来る。友達はそうはいかない、大切だよ。俺達と君の間にお金は問題じゃないよ。」うぅ〜、これが13歳のガキの台詞&振る舞いでありましょうか?世間が人を大人にするなら、わしの国は何かが間違ってるに違いない。子供の国からきたわしは遠慮なくおごってもらった。メンツを立てるのも大人の振る舞いだからね。イエメン、今のところ最高であります。

 

コーヘー君って!

翌朝4時。やはり俺を叩き起こすのはアザーンの爆声だ。しかし、妙に心にしみる響きがあるのか、そいつを子守唄代わりにいつの間にか眠っていた。再び目が覚めると、窓の外は絶妙な夜明けの色に。すぐにカメラを手に屋上へ。何度見ても唸る他ない素晴らしい景色。昨日と違うのは先客がいることだけ。イスラムの黒い布で顔を覆っているが、明らかに日本の女子だ。はっとして、声をかけた。「コーヘー君のお友達の方ですか?」「コーヘー君???」?マークが踊っている顔が何秒か静止したままになってしまった。慌てて「いや、すみません、知らなきゃ別にいいんです。」と、声をかけた事を激しく後悔。日の出からナンパだと思われちゃかなわん。コーヘー君には興味があるけど、あんたにゃ特に興味はないよという素振りで撮影に没頭した。コーヘー君とは、旅仲間であり写真仲間だ。一緒に旅をした事はないけどね。イエメン経験者のコーヘー君と来る前に話をしたら、丁度同じタイミングで友達の女の子が行くからと聞いていたのだ。ここはコーヘー君が泊まっていた宿でもあり、てっきりその知り合いの女子かと思ったのだ。ま、その女の子にもそのうち会うだろう。なんせ地球は広くて狭いからね。

 

遭遇って!

ホテルの朝飯を食べようと階段を下りていると、今朝の女の子に遭遇。今度は2人だ。聞けば、もう一人の女の子がコーヘー君の友達だと言う。ほら、遇えた。地球は狭いね。今日は砂漠ツアーへ出かける日だが、バスのチケットが取れず、明日になると言う。おいおい、アブドゥラよ。金は先払いだから一抹の不安が過るが、まあ信じるしかない。という事で今日はホテルの引っ越しだ。今朝、屋上で会った女の子は夕方の飛行機で飛んでしまうので、コーヘー君のお友達の女の子とアブドゥラのホテル見学へ。色々部屋を見て回り、大広間のゴージャスな部屋で久しぶりの日本語会話を楽しむ。気を利かせてか、アブドゥラがチャイを持って来てくれた。彼女は既に砂漠の旅や、近郊にも足を延ばしていて、それらの話を聞きながら、ダラ〜としゃべり続けた。広くてきれいな部屋、晴れて気持ちのいい天気、サービスのチャイ、初対面の女の子、日本語、有り余る時間、明日からの旅への期待。浮かれないでいる方が難しいと言う、おめでたい状況なのだ。腹へったな。

 

仏って!

新市街のホテルに泊まっている別の旅人と合流。日本人3人で飯を食ったり、スーク(市場)をまわったり。なんて言う事のない平凡だけどユルい気分が幸せな一日となった。合流した旅人の男子は大学生。若者なのに妙に落ち着いた仏のような男だ。一年近くも世界をぶらついていると言う。次の行き先はスリランカだって。おれも学生時代に旅の面白さに出会っていたらどうなっていただろう。初めて行った海外は社員旅行のグアム。それからダイビングにハマってタヒチやフィリピン、ボルネオにモルディブ。南の島は最高だった。でも、肝心なものは何も見てなかったかもね。そして、世界を見る目を変えてくれたマダガスカルの旅。35歳を過ぎてやっと、何かが見えた気がした。それよりも15も若い仏顔のこの男には、世界はどんな風に映ってるんだろうか?

 

プトンって!

晩飯はアブドゥラとサミーの3人で昨日の店へ。サミーは20歳過ぎで、イエメンの伝統的ファッションでバッチリ決めている。腰のジャンビーア(短剣)がなんとも勇ましい。昨夜と同じメニューをハフハフしながら3人で頬張る。せっかくどイスラムの人間と同じ鍋をつついてるんだからと、一番聞いてみたかった質問をしてみた。「アメリカって好きか?」答えがクリアーに返って来た。「アメリカ政府は嫌いだが、アメリカ人は特に嫌いじゃないよ。」ふむふむ。「そのアメリカ政府はアメリカ人が作ってるんじゃん!」と、屁理屈をノドの奥に押し込めながら、「へぇ〜そ〜なんだ!」とやや残念そうにうなずくオレ。今夜の食後のチャイはティーバッグが入ったままだ。明らかにLIPTON色のタグにはなんとYEMENPTONの文字が。おいおい、字余りだし韻も踏んでないし、おかしいだろ『イエメンプトン』って。

 

地の果てって!

「スンゲぇ〜」を連発しながら、砂漠の一本道を爆走中!今朝はいつものアザーンの爆声後の二度寝も虚しく、5:30にアブドゥラに叩き起こされ、砂漠の摩天楼シバームへ向かうバスターミナルへ。6時間のバスの旅だ。冷房のキツいバスも岩山地帯を越え砂漠に入ると、丁度いい塩梅になっていた。BGMは大音量のアザーン(じゃないかも知れんが、そんなヤツだ。)。そびえ立つ岩山を縫うように高度を上げて行くと、てっぺんを越えたバスは、今度は分かり易く下り始めた。岩山の重なりがなくなり視界が開けると、眼下にはただ砂漠が広がっていた。地の果てまでだ。日本では到底味わえないだろう景色だ。車内は満員。それでもなかなかの豪華バスで、乗り心地は悪くない。隣のアブドゥラも遠足気分なのか、早くもガート(例の不味い葉っぱね。)の袋を手にいつもよりはしゃいでいる。頼りになるツアーガイドだが、所詮は13才のガキ。微笑ましい浮かれ姿だが、大人相手に働くお前は文句なくエラいぜ!心から誉めてやるから、その葉っぱを無邪気に勧めるのだけは勘弁な!

 

スーって!

窓の外はひたすらスンごい景色が続く。グランドキャニオンかと思えば、果てしない砂漠、荒野。蜃気楼。点在する朽ち果てた大昔の街の跡。武装した4WDや戦車も見える。見ていて飽きないが、他のアラブ人には御馴染みの景色なんだろう。それが証拠に車内のテレビではジャッキー・チェンの映画が始まった。人気なんだそうだ。ヒロインはビビアン・スーだ。映画と窓の外を交互に見る。我がバスがひた走るビンラディン・ロードには検問ポイントが無数にある。炎天下、武装した兵士のチェックがこまめに入る。事前に聞いた話では例のパーミッションが何十枚も必要だという事だったが、バスに乗っているお陰か2枚しか必要なかった。4WDをチャーターしてたら、全ての検問で渡すハメになるのかも知れない。しかし、ジャッキーの映画は2本も見たがまだ着かない。元気なら平気だが、微妙に気持ち悪い。そして腹もちょっと。

 

10hって!

砂漠の一本道にもいい加減うんざりした頃、突如摩天楼が現われた。世界遺産シバームだ。日干しレンガで出来た人類最古の高層ビル群。何も無いところに唐突にあるんだから、インパクト大だ。大はしゃぎと感動に打ちひしがれたいが、とにかくグッタリだ。またゆっくり来るから停まらないでね。弱い病人の心で無言で祈った。17:00、終点サユーンに到着。おい、10時間もかかっとるやんけ。と、毒付きたいが、もうそんな元気はない。気持ち悪さでムカムカする。完璧に酔ってしまった。更に昼飯が悪かったのか、腹具合も微妙だ。バスの外は砂埃でかなり粉っぽいし、バスの荷物室から出て来たバッグは砂まみれだ。なんでもいいから宿だ。ヘロヘロで砂埃舞う街を歩くアブドゥラとおれ。コンビニもどきな店でジュースを買い込む。とにかく気持ちが悪いからね。レシで金を払おうとすると出ましたアブドゥラ得意の台詞が。「シェイ〜ム!」ポケットの小銭をまさぐるオレを制止しながら、誇り高きアラブの心意気だ。客人に金を出させるなんざ〜、アラブ人にあらずと言わんばかりだ。ガキでもヤツは気高く生きているのだろう。だが、今は気持ちが悪い、とっとと払って行こうぜと思ったオレは気高さのかけらもない野蛮な客人か。5分歩いてたどり着いたホテルは、プール付きだが、明らかに寂れた微妙な物件。でももうなんでもいいのだ。早く大の字で横になれれば、ホントになんでもいいのだ。

 

ツンパって!

横になるどころか、パンツ一丁でプールに飛び込むオレ。なにやってんだろね。具合が悪くても身体は水に飢えているのだ。中学校にあるような25mのちゃんとしたプールだ。一方に向かって徐々に深度を増し、端まで行くと背が立たないほど深い。でかいだけの幽霊ホテルでも、プールだけはなかなかちゃんとしてる。普通のイエメン人にとって、プールなんてそうそう体験できるもんでもないんだろう、明らかに泳げないアブドゥラもこの大量の水に大はしゃぎだ。そうだよ、そうやってガキンちょのツラしてりゃいいんだよ。13歳なんだから。しかし、気持ち悪さは引くどころか増すばかりだ。腹も壊れたね。トイレとプールの往復にも飽きたので部屋でおとなしくしよう。オレの部屋で一緒にテレビが見たいと言うアブドゥラを追っ払って、もうホントにダウンのオレであった。

 

理想のプランって!

夜明け前、シバームを目指してひた走る。車の外にはグランドキャニオンのような岩山。まだ夜の暗さから抜けられずにいるものの、地平線のすぐ下まで迫った太陽の明かりで微妙に白んだ闇。その薄くなった黒の中に、地球の力そのものが描き出したような岩山の稜線が浮かび上がる。その上で脱力したように低く浮かぶ、まんまるい月。素晴らしい景色。最悪な体調。昨日はプールの後で、嘔吐と下痢を繰り返し、身体の中がカラッポになってもそれは止まなかった。熱も出た。持参した薬はバファリンとビオフェルミンのみ。晩飯にと、アブドゥラと街の市場へ果物を買いに出かけた他は、部屋で死んでいた。さわやかなフルーツなら食えるだろうとリンゴやみかんを幾つか食べてみたが、すぐに肛門から、口からあまり形を変えずに出て来た。それでも、今朝は5時に起きて予定のシバーム見物なのだ。自分で組んだ理想のプランの目玉の部分だ。ちくしょ〜、こうなりゃ人類最古の摩天楼を眺めながら、朝日を浴びて死んでやるぜ!

 

それでって!

野犬を蹴散らしながら、崖を上って行く。今のおれにはかなり辛い。それでも、誰もいない崖の上から見る、道路を挟んだ向かいの摩天楼はそれなりに素晴らしい。それなりなのは「見たい物が見れた」と言うだけの、名所見物に過ぎない行為に由来する。雑誌でこの景色のベストな写真を穴があく程眺めていたお陰で、おれはこの場所に既に来ていたのかも知れない。そう思わせる程に、目の前の世界遺産は期待通りだ。果てしない荒野に突如現われた不思議な泥の高層建築群。人間の偉大さを表しているのか?それにしては、今の気分は激しく虚しい。「それで?」と、目の前の景色に突っ込みを入れてみたが、なにも返っては来ない。当たり前だね。一歩踏み出す度に巻き上がる砂埃と、辺りに充満する家畜臭。突然の下痢への恐怖。気持ち悪さに怠さ。期待していた最高の瞬間のはずだが、弾まない。それどころか、とっとと宿へ帰ってベッドで横になりたい。それだけが今の望みだ。現在進行形の偉大な人類の営みを、山の向こうから顔を出した太陽が今日も照らし始めた。

 

石って!

昨日は結局一日寝込んだ。そして、翌日。容赦なく朝から予定をこなす。タリムと言う街へ。車を降り少し歩くだけで辛い。起きた時は昨日よりましな体調にホッとしたが、炎天下の砂漠の町は結構キツイ。町をうろついているとフィッシュ・マーケットに出くわした。なんで砂漠で生魚?しかも冷蔵庫はおろか、氷もない。強烈な生臭さにダウン寸前だ。宿へ戻り、なぜかプールへ。この水の中だけが今は唯一のやすらぎだ。砂の粉っぽさも家畜臭も生臭い魚臭もない。独り占めのプール。ナツメヤシの葉の隙間から漏れる陽の光。おちゃめなネコ。すぐそこにあるトイレ。完璧だ。しかし、相変わらず食欲は無い。この国の食べ物なんて、どれを思い浮かべても気持ち悪さがすぐに襲って来る。だから日本のものを思い出す。キングは『そー麺』、クィーンは『おにぎり』。鰹だしのつゆの薫りや、繊細な麺ののど越し。あ〜なんと言う官能の世界。ほっこりしたごはんの優しいかたまり、芳ばしい海苔の薫り。あ〜なんと言う耽美な世界。力強く頼もしい輪郭に縁取られた確固たるイメージ。つゆの表面の涼やかな揺らぎや、チュルンと吸い込まれていく麺。跳ねるしぶき。米の艶。あの温もり。カラフルなイメージの断片が、おれの中の生きる力を確かに覚醒させてくれる。一瞬だがね。しかし、一瞬ではラチがあかん。もう3日目だぞ。何も食えずにぐったりとベッドに張り付いて、不定期に襲って来る便意と闘って。おい、いつやって来る?良くなる兆候は?おれが何の罪を犯したってんだ!と、吠えても仕方ないのだ。助かるためには、もっと強力にイメージしなきゃならんようだね。で、キングとクィーンを絵に描いてみた。しかし紙の上に実在させるには、余りにも足らないおれのデッサン力、そして儚く脆い遠すぎる記憶。さっきまであんなにリアルに思い出せたのに。描かれたそー麺は汚いおばはんのアタマのようになり、おにぎりはただの石になってしまった。お〜、アッラーよ、おれはなんて愚かな事をしてしまったんだ。これじゃ何度イメージしたって、おばはんのアタマと石が強力に沸き上がってくるだけじゃないか!もはやイメージの世界を享楽的に泳ぐ事も許されないのか?

 

おっさんって!

悶絶しながら一日を過ごし、夕方再びシバームへ。静謐なサンライズとは対照的に、見物ポイントの岩山には観光客の山。雑誌やガイドブックには、何世紀も生き抜いたシバームの雄々しい姿しか紹介されないが、それを望むヴューポイントには、見物人でごった返す俗な光景が広がっているのだ。夕暮れ時の世界遺産なら尚更だね。ひとりたたずみ、いにしえの時への想いを馳せる物静かな時間をイメージしていたのだが・・・。さすがに世界遺産。そう簡単に独り占めは出来ないようだ。おまけに、日本からテレビの撮影隊も来てるし。落胆しながらも一応それなりの場所に腰を降ろす。後ろでガチャガチャと騒がしいが、目の前のシバームは夕陽を浴びて美しい。砂漠の日中は、空の青と砂の黄色しかない単調な世界だが、朝夕の陽が斜めの時間だけは独特の艶っぽい色彩になる。オレンジ、ピンク、パープル、トロピカルで派手な色が繊細なグラデ−ションで空を彩り、素っ気ない土色の町を赤く染める。この時間にここにいなきゃ味わえない贅沢だ。が、幸せもつかの間、おっさんがおれの前に立って見物し始めた。「おっさん、邪魔邪魔!どけ!どけ!」日本語で叫んだ。おっさんは退く気配ゼロ。ま、日本語はわからんだろうからね。それでも、険のある声のトーンに気付かないのはやはり白人の鈍感さか?連呼するそのフレーズが可笑しいのか、アブドゥラも妙なアクセントで「おっさん、邪魔邪魔!」を連呼し始めた。今度日本人が来た時には使うといい。ウケるはずだよ。まあ、そんなわけでわしの無理矢理な世界遺産見物はお仕舞いだ。早く帰って寝よう。

 

ABCって!

翌朝。相変わらずの体調。食欲ゼロ、気力ゼロ。身体がだるくて、ムカムカが治まらない。熱もそれなりに出てるはずだ。計ってないから知らんけど。ほとんど何も食べない日が続いたせいか、トイレにしゃがんでも濁った水しか出て来ない。もはやクソも出ないのだ。それでも便意は頻繁にやってくる。最初はただの食あたりと車酔いだとナメていたが、こう何日も続くとさすがに不安が襲って来る。ABC肝炎?ヤバイ寄生虫?謎の細菌?着いた当日は、あしたにゃ治ると確信していたが、今はあしたも治らないと確信できる。気持ちが萎えちゃ旅はお仕舞いだ。しかしまた今朝も、ツアーの待ち合わせ時間が迫っているの。元気なアブドゥラの顔を見なきゃならんのが、なにより辛い憂鬱な朝だ。

 

ハニーって!

砂漠で丸一日過ごすの最後の日。ワディ・ドワーンという町へ行くらしい。ほとんど死んでいるのでもう何処へでもと言う気分だ。後ろのシートでグデっとなっているおれに、アブドゥラが「オッサ〜、シャマ!シャマ〜!」と、超無邪気なガキの顔でチョッカイを出して来る。死ぬ程ウザイが、手を払って前を向いてろと言うのがやっとだ。ヤツは昨日のシバームでおっさんに発した怒りの言葉がいたくお気に入りで、ずっと連発してるのだ。ったく。微妙に変形してるのが微笑ましいけどね。岩山が丸ごと一つの町になったようなワディ・ドワーンを無気力に散歩。アブドゥラに「それは子供の食べるものだよ〜」と、馬鹿にされながらも、雑貨屋で売っていたパピコみたいなアイスをちゅぱちゅぱやってしゃがみ込んでしまう。この甘さと冷たさだけが救いだ。熱い、怠い、砂っぽい、獣臭い。しかし、元気ならばここはスゴい場所だろう。なんとも勿体ない事をと思いながらも、身体が言う事を聞かない。てか、脳はもう身体になんの命令もしていない。もう一本パピコをちゅぱれと言う以外には。次のポイントへの途中。炎天下の荒野で水をかぶるキリストみたいな男が。車を止めて近づくと、ハニーマンだと言う。この辺りはハチミツの名産地だ。大昔、シバの女王も好んで食べたと言う。壷の中からハチミツのたっぷり詰まった巣のカケラを分けてくれた。この体調では美味しくは食えないが、きっと美味しいハチミツに違いないだろう。この男もムチャクチャに絵になる男だが、カメラを出す元気はないのだ。同じような町をもう一つ見て、帰る事に。悪いが、どこもかしこも同じにしか見えない。が、ある事を思い出した。「ビンラディンのおじさんの家はどうした?」アブドゥラに尋ねた。が、1時間半も歩かなきゃ行けないという答えに、即却下。なんという勿体ない事を。一番楽しみにしていたのに。この体調のお陰で、全てが狂ってしまう。が、この無気力じゃ怒りも、情けなさも込み上げてきやしない。早くプールに浮かびたい。ただそれだけだ。

 

元気って!

昼飯も断固パスし宿へ戻ると、早速プールへ浸かる。水が入れ換えられ、素晴らしく綺麗だ。くすんだ幽霊ホテルだが、澄んだ水を通して涼し気に揺らぐ底のブルーのペンキだけが、妙に鮮やかで目に眩しい。重力から解き放たれてプカプカ浮かんでいるのは、夏休みの元気な子供の気分のようで晴々としていい気分だ。結局この4日間寝込んでお仕舞いだった。美味い物も食わず、写真も撮らず、ビンラディンのファミリーにも会わず、カラシニコフも撃たず、ただ観光地を回った。まあ、また来ればいいや。本当には、もううんざりだが、元気になって思い返してみれば、また来たくなるばずだろう。プールに浮かびながら、ただ青いだけの乾いた空を眺めてそう思った。