誰だ!

「いつ着いたんだい?」古い友達のように話しかけて来たのは、もちろん見知らぬ男。ゴッツい体に黒い肌。白い歯と笑顔がやたらに印象的だ。メキシコ経由で丸二日。遥々やって来たキューバでこんな友達が待っていてくれたなら、きっと楽しい旅になるだろう。そんな予感に弾みつつも、あまりのさり気なさにうろたえる。それでもなんとか「さっき、着いたばかりだよ。」と、オレ。まだ夕方には早い時間だが、1月のハバナはさすがに涼しい。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』で御馴染みのマレコン通りで、ハバナのみんなは思い思いに楽しんでいるようだ。共産圏の堅苦しさなど微塵も感じさせない、ラテンの空気がいい気分だ。確か、ライ・クーダーもこの通りをサイドカーで颯爽と流してたね。でも、ここじゃそんなの珍しくも何ともない。無駄がエンジン積んで走ってるようなグラマーなアメ車だって普通に走ってる。着いて何時間も経ってないけど、イメージにある「キューバ」なら一通り見せてもらった気分だ。濃い街だよ、ハバナ。

 

緊張だ!

初めての共産主義の国は緊張する。入国や出国の煩わしさに加え何となくの暗いムード。メキシコまでは、ノリノリだったけど。クバーナと言う飛行機にチェックインする辺りから、少し心配になって来た。3台も持って来てしまったカメラに沢山のフィルム。ホテルを予約していない事。特に今回は、仕事の撮影も兼ねていて、先入りしているスタッフとの合流も心配事の一つだ。「キューバで一番有名なスタジオだから誰かに聞けばすぐにわかるよ!」なんて言う軽い打ち合わせひとつで、電話番号さえもらってないのだ。寒い東京を飛び出してキューバに行けると言う浮かれた事実に、それらにちゃんと向き合って来なかったのだが、さてどうなる。まずは、カメラだらけの荷物を怪しまれないように祈ることにしよう。

 

マレコン!

マレコン通りは、大西洋に面した海岸沿いの大通りだ。キューバと言えばカリブ海のイメージだが、ここハバナで海と言えば大西洋なのだ。ヨーロッパから海を渡ってくれば、たどり着くのはアメリカ大陸やカリブの島々だ。この水平線の向こうに恐ろしいヨーロッパがあると想像するのは簡単な事だ。アングロサクソンの足取りが実感出来てなかなか面白い。今回は南にあるバラコアという街にも行ってみるつもりだ。そこはコロンブスがキューバに初めて作った街だと言う。言い方を変えればキューバの原住民の悲劇の発祥の地とも言えるだろう。そのバラコアにもマレコン通りがあると言う。軽く通りの説明をして本題に入る予定だったのに、いつもの調子になってしまった。と言う事で、本題はこの次に。

 

どっちだ!

どっちを先に済ませるか迷う事は多々あるが、これほどまでにシリアスな選択を迫られた事はない。ゲリとゲロ。この二つが同時に襲ってきたらどうする?条件次第では同時にという、第三の選択肢も考えられなくはないが、ここはさっき知り合ったばかりのキューバ人の家。かしこまって家族を紹介された直後だ。その同時と言うのはあり得ないのだ。それでも、緊急事態を告げトイレへ駆け込んだ。が、狭い家だ。親父さんが料理をしてる台所のすぐ脇がトイレ。しかもアコーディオンカーテンのような扉はちゃんと閉まらないではないか。だが、そんな事は些細な事だ。便器に向き合うようにしゃがみ込み、胃袋からこみ上げる物体を勢い良く吐き出した。苦しいが指を突っ込んで何度も出した。早く全部出さないと、下の口からも漏れそうだからだ。苦しさに涙が出て来きた。そして冷や汗も。体中が悪い汗でグチョグチョだ。そして今度は便座に座りゲリをやっつける事に。手で扉を押さえながら、一気にブツを放出。台所の親父さんとは60cm程しか離れていない。なんて情けない姿なんだろう。すぐ横では、何か食べ物を作っていると言うのに。こんな事になってしまった理由はまた次に。

 

葉巻!

と言う訳で続き。何のせいかって、葉巻とモヒートに決まってるのだ。このうちの若旦那ホァンカイロに振舞ってもらったのだ。あ、モヒートはおれがおごってやったんだけどね。夫婦で来てたホァンカイロにマレコン通りで声をかけられ、付いて来たのだ。アーティストだと言う、奴のキテレツな屋外にある作品を冷やかし、バナナや葉巻を頂戴し、旧市街の朽ち具合に圧倒されながら歩いたのだ。この街に付いて早々、キューバを代表するような景色や人間に出会い、ノンスモーカーのくせに葉巻を吸ったりしたせいでみるみる上機嫌になっていたのだよ。とどめが、バーでのモヒートとサルサだ。この30分程で、キューバで体験しておきたいなぁ〜というほとんどが、ドドドッとやって来たのだ。しかも、英語の怪しい者同士の会話が疲れるの何のって。ここはスペイン語が基本だからね。意味が分からなくても英語ならではの安心感ってのがあるんだよ。この街にはそれが無い。だから激しく疲れるのだ。脳ミソがね。で、葉巻で妙にフワフワと気持ちよ〜くなったところへモヒート。ヘミングウェイで御馴染みのアレね。ミントの葉が邪魔臭くも愛おしい逸品だよ。これで更に気分がハイになり、普段絶対踊ったりしないのに、サルサの真似事をしたりして、楽しくすごしたのだ。おまけに、明日行かなきゃいけない有名だと言うスタジオの場所も奴らに聞いておいた。そしたらもう、なんも怖くないのさ。安心しきって楽しみゃいいのだ。でもアレだ、この連中のこの優しさのオチが分からない事も無意識に疲れを加速させたんだな。だけど、店を出たあたりから具合が悪くなって来た。冷や汗が出てフラフラクラクラして、腹が痛くて気持ちが悪いのだ。わし見栄っ張りだから、楽しそうに歩き続けたよ。笑顔で会話も続けたし。夕飯前のなんかそわそわする街の気配なんかも味わったよ。奴らはオレの異変に気付かず、そのままおれを自宅に招いてくれたよ。そしたらフレンドリーで出来たようなかあちゃんやとうちゃんが歓迎してくれたのさ。でも、もう我慢出来なかったね。限界だった。だからトイレに駆け込んだんだよ。でも、いきなり「ゲ〜!」じゃみんなびっくりだろう。どの面下げてトイレから出ようかと、どうでもいい事考えながら上も下も出しまくったのさ。あの葉巻、ただの葉巻だったのかなぁ〜?妙にフワフワ気分良かったからなぁ〜。

 

お馬鹿さん!

グッタリ疲れてトイレから出ると、何事もなかったようにビールでもどうだと、ホァンカイロ。リビングに座り、本当はここでアルコールなど追加摂取しちゃマズイんだがと思いつつも流れにまかせ乾杯。ほとんど砂の嵐状態のテレビではキューバの音楽ショーのようなものをやっている。ゲロ&ゲリには参ったが、来た早々にこんなに深くキューバにドップリ浸かって、今のところかなり満足なのだ。とどめに「ママが晩ご飯作ってるから食ってけ!」と、至れり尽くせりだ。ここはお前の家、オレ達はお前のファミリーだと。これが噂に聞いた、フレンドリーなキューバ人ってやつかと、素直に感動しながら結局ビールをグビグビやる。するとホァンカイロが葉巻を取り出しオレに見ろと言う。立派な木の箱に入って、いかにも高そうだ。おまけにCOHIBAとくれば、これはもう本当に最高級品だ。本物ならね。25本入りで約3万円。それを1万2千円にしてくれると言う。欲しくもないのになぜが7千円で話しをつけるオレ。ホント、後から振り返るとお馬鹿さんな僕。オチはこれだったのね。と言う事でまた明日!

 

いただきます!

晩飯が出来たからと、隣の部屋のテーブルへ通された。親父さんと二人での食卓。チキンを小さく裂いたのを煮込んだのや豆のスープ、トマトとオニオンのサラダ、そしてご飯。頂きますと手を合わせると、親父さんが珍しがってもう一度見せてくれと言う。御易い御用と再び手を合わせた。日本じゃ手なんか合わせないのに、さっきは無意識だったな。何故だろう?初対面で言葉も通じなきゃ場も弾むはずはないが、がんばって英語や身振りや『指差し会話キューバ編』などを駆使し、会話をしてみた。やはり話題はカストロや配給などの政治的な事や暮らしぶりの事。生活はラクでは無いと言う。カストロは好きだってさ。会話と言うよりはインタヴューのようだが、庶民の生の声はなにより響く。料理はどれもそれなりに美味しいし、量も充分だ。食後、しっかりと飯代10ドル相当を徴収された。いくらか置いて行ってくれと言われて自分で出したんだけどね。でも払い過ぎだな。まあ、旅の初日なんてこんな金銭感覚だよ。ディスコに誘われたが、この後スタッフのホテルで待ち合わせがあると、おいとますることにした。外はもうすっかり夜になっていて、街灯に照らされオレンジ色に染まるオールドハバナが、なんとも言えない風情を放っている。案の定、いいようにカモにされたようだが、不思議と満足感に包まれていた。少し肌寒いが、マレコン通りを海風に吹かれて帰るのも悪くはなさそうだ。

 

最高級ホテル!

夜8時過ぎ。ここはメリア・コヒバと言うピカピカの高級ホテルのロビー。今回の仕事のスタッフとここで合流する事になっている。レコーディング・スタジオは夕方6時までしか使えないから、遅くても8時にはホテルで会えると言う話だったのだが・・・。今回は最初の数日でCDジャケットの撮影をこなし、その後で自分の旅が始まるのだ。誰のかと言うと、デビューからジャケットのデザインをさせてもらっている大萩康司というギタリスト。はっきり言ってお勧めです。今回はデザインばかりか、撮影もさせてもらうので張り切っているのだ。キューバ録音の新作は6月22日に発売されます。と、宣伝はさておき話の続き。ふかふかのソファにもたれ掛かり、広過ぎる大理石の敷き詰められたロビーを見渡す。革命前はカポネやデュポンなど、裏表の名だたる大物が豪遊していた国だけに、質素なだけの国じゃないのだ。それにしても、なかなか現れないので、フロントで聞いてみた。「そんな名前は入ってません。」と、一応残念そうな表情で教えてくれた。軽く焦ったが、仕方が無い。再び、一度沈み込むとそう簡単には起き上がれない極上ソファへ。いい加減なレコード会社の人間と、いい加減そうなラテンの国のホテルマン。どちらが正しいのだろうか?そんな事を考えながら、うとうとと眠ってしまった。はっと、気付くと23時をまわっていた。会えないんじゃないかと、一抹の不安がよぎるが、明日スタジオで会えばいいやと、自分のホテルへ戻る事に。超有名なスタジオなら会えるだろ、たぶん。

 

トランペット!

色々あったハバナ初日だが、このまま寝るのも何か物足りないとホテルの近所の一杯飲み屋へ。ただし目的は一杯やることではない。ライブがお目当てなのだ。やっぱりキューバのイメージと言えば街がどの至る所から聞こえて来る音楽でしょと、手近なこの店に入った。オープンスペースの安い作り。ブカネイロと言うキューバのビールとピザを頼んだ。まわりは観光客が多いように見えるが、地元の人もそれなりにいるようだ。パーカッションにトランペット、ベースにキーボード、そしてヴォーカル。5人編成のバンドが演奏を始めた。マラカスを振りながら客を煽り歌うヴォーカル、踊り出す客達。老人も太っちょなおばさんも、粋な色気をふりまきながら、楽しくて仕方ないと言わんばかりの笑顔だ。みんな、人間の体がこんな動きをするのかと感心してしまう程の達者な踊り。でも今夜のわしの心を鷲づかみにしたのは、トランペットのおっさん。張り切り過ぎない演奏が、ほろ酔いのわしを心地良く揺さぶってくれるのだ。なんていい音色なんだろう。曲が変わり、ミュートしたトランペットの音もまた艶っぽい。演奏が終わると、ヴォーカルの男が客席を回りチップを集め始めた。なる程こう言うシステムかと、わしも男の帽子にコインを入れた。愛想のいい顔で「楽しめたかい?」と、男。「楽しかったよ!」と、わし。初日にしては出来過ぎだ。

 

発見!

翌日、その有名なレコーディングスタジオへ、やっとたどり着いた。ホァンカイロがデタラメを教えてくれたお陰で随分と手こずったが、タクシーでなんとかたどり着いたのだ。ホテルでも会えず、スタジオも見つからないでは仕事にならない。タクシーを待たせ、中へ。だがあいにく昼休みで、ホテルへ一旦戻っていると言う。ホテル?どこのホテルだ?4時に戻って来ると言うのでメッセージを残し、また来る事に。まあ、結構焦ったが結果オーライだ。なんにせよこれで一安心だ。自分のホテルへ戻り、近くにあるクバーナと言うエアラインで、サンティアゴ・デ・クーバ行きのチケットをゲット!カリブ海側のキューバ第2の都市だ。かなり南なので気候も随分違うらしい。仕事が終わったら、肌寒いハバナとはおさらばするのだ。4時、再びスタジオへ。レコーディングの部屋のガラスの奥に大萩君発見。やっと会えたねと、互いに笑顔で固い握手。スタジオの名前だけでたどり着いた事を告げると、よく来れたねと驚いていた。そりゃそうだろ、普通なら住所や電話番号くれるよな。でも、ディレクターがN氏ならお互い納得なのだ。それにしても仕事とは言え海外っちゅうのは何となくのバカンス気分がいいね。半分仕事で半分遊び。緩い感じがたまらないのだ。そう思ってるの、おれだけかも知れないけどね。いや、きっとおれだけだ。だって彼等は、昨夜午前2時までやっていたらしいからね。でも、それじゃ会えないはずだ!

 

政府役人!

スタップと合流出来れば、しめたもの。晩飯なんかおごってもらおうかなぁ〜なんて企みも儚く消えた。今日はレコーディング最終日。晩飯どころか、一歩たりとも外へは出れない。気が付けばすでに0時を回ろうかと言う時間だ。今夜も相当な地獄だね。レコーディング風景の撮影なんて仕事もオレには一応あったが、そんなのとっくに終わってしまった。腹は減るし暇だし早く帰りたい。レコーディングスタジオや撮影スタジオってのは、密室なだけに時間の流れ方が独特だ。全てが終わって一歩出てみれば、浦島太郎のような気分になる事も珍しくない。ハバナの中心から遠く離れたこの場所じゃタクシーも拾えない。電話しても捕まらないし、結局通訳のミスターK氏に送ってもらう事に。ミスターK氏はもちろんキューバ人だが、日本語ベラベラでとっても気さくなナイスおじさんだ。カストロやオリンピック選手の通訳も務めたこともあるベテラン。車の助手席で前を見て話しているだけなら日本人と話しているのと変わらない程だ。顔がガイジンでも日本語を流暢に操れば、話しの分かる日本人に思えて来るから、言葉とは不思議な物だ。みんなが一応平等なはずのこの国の中でも彼はエリート。高そうな車じゃないけど、自分の車があると言う事もここじゃ凄い事らしい。昨日のオルードハバナでの超ド級庶民との語らいも楽しい体験だったが、今夜はそれとは対極だ。夜中のマレコン通りには、荒れ狂う大西洋からの波が遠慮なく押し寄せていて、そんな自分のイメージとかけ離れた、深夜の荒くれハバナを車で走りながら、政府役人との会話。これはチャンスとばかりに、キューバに関しての疑問や質問をマシンガンのように浴びせた。カストロがいなくなったらどうなる?奴はどんなおっさんだ?ここはいい国か?アメリカはやっぱり最低か?教育は?医療は?配給は?治安は?人民は?音楽は?将来は?安いホテルは?答えが日本語で返ってくるのがなんとも爽快だ。聞きたい事全部聞いてやろう!

一応答え。キューバは変わらない。いいおっさんだ。アメリカはカス!教育も医療も無料で充実、ハイレベル。配給はトントン。日本みたいな変な事件もないし、殺人も泥棒もいない。まとめると、概ね良好だが、窮屈な部分はやっぱりあるよと。そういう事らしい。

 

Bar!

翌朝10時30分、メリア・コビバのロビーにて。今日はCDジャケの撮影だ。やはり昨夜も午前4時までがんばったと言う。お疲れ気味のN氏と、ロビーのBarで朝のアルコールを注入だ。海外ロケってホント最高です。でも、これはコンパクトなCDジャケットならではの特別なお話。大物タレントや大物ミュージシャン、コマーシャルなどの世界じゃ、スタッフの数も多いし段取りもシビア。大女優に3人ものマネージャーがいるような世界とは関わりたくない。ましてや、楽屋に何を差し入れるか、なんて下らない事に気を揉むなんて最低だ。だからこんなコンパクトな海外ロケと言うのは楽園のようなお仕事なのだ。グフフフッ!わしは大人数やチームでやる仕事は嫌いだ。責任の所在も曖昧だし、無条件に面倒臭い。ミニマムな人数が必然性を持って現場にいるってのがいいね。今日は、カメラマン、アーティスト、ディレクター、ドライバーの4人。普通ならこれにヘアメイクやスタイリスト、それぞれのアシスタントなんてのが付く。それだけですぐに10人近くの人数になってしまうのだ。でも今日は車一台で楽々移動できるし、何より誰にも気を遣わなくていいってのが最高だ!

大萩くんはさすがに疲れて果ててか、約束の時間に登場とはいかないようだ。まあそれだけ、朝のビールが楽しめるって寸法だ!でもちっとも酔わないのは、初めて撮影を任されていると言う現実のせいか?

 

ハバナ近郊!

ハバナから車で西へ約20分。通訳兼ドライバー兼コーディネーターのK氏のおばちゃん宅へ。なんの変哲もない、のどかな住宅地。こんな風に普通の民家へお邪魔出来るのも、現地のコーディネーターを雇える仕事ならではの事だろう。身内が連れてきた客だけに、歓迎振りも半端じゃない。とは言え、飲めや食えやの押しつけではなく、自然な笑顔や、緊張を強いないリラックスでもてなしてくれるのだ。いつどんな風にボラれるかなんて事を気にしなくていいだけでも、これは安らぎだ!小さな家だが、居心地がいい。開け放ったドアからは風が通り抜け、庭のバナナが涼し気な壁にトロピカルな影を落とす。木陰で眠る犬や、遠くから聞こえて来る子供達の遊ぶ声。う〜ん、これは一つの幸せな光景に違いないね。って、お前仕事しろよってな。「ハイ、大萩君ここに立ってみて!」

 

老人と!

昼飯は、コヒマルと言う小さな街の海辺のレストランで。まだ仕事をした気がしないが、太陽が真上に昇ったら、それはもう無条件に昼飯の時間なのだ。かのヘミング・ウェイが贔屓にしていたと言う店の奥のテーブルに陣取った。大きな窓からは、海と空が種類の違う青をそれぞれ楽しませてくれる。オイスターのカクテルなんて洒落た物を口にしながら眺めるそれは、また格別だ。この海はただの海じゃない、「老人と海の」正に現場なのだ。下の船着き場から、老人は海へ出かけたそうだ。壁にはヘミング・ウェイやカストロの写真が沢山並んでいる。彼等に特別な思いはないが、『現場』と言うのは、ココロをざわつかせる何かがあるものだ。大昔に読んだその物語は、余りにも単純なお話。今読んだら、どんな事を思うだろうか。で、メインディッシュはロブスター。会社の金で食う飯は、最大限高い物をつい頼んでしまうもの。結局はK氏の頼んだ、安そうなエビ料理の方が美味かった。時間をかけて、ゆっくり昼飯。いつの間にか消えたK氏は、カウンター席でテレビの野球に釘付けだ。「お〜い、仕事しようよ!車出してくれ〜!」

 

雨上がり!

突然の雨。ハバナを見渡す丘に着いたとたんに襲われた。重たい雲が落ちて来そうな空の下で、巨大な客船が優雅に入港して行く。無情にも、それを眺める事さえ許さない勢いで降る雨。狭い車でしばらく待機するが、止む気配がない。夏じゃないし、スコールではないようだ。オールドハバナのカフェへ移動して待機する事に。身なりのいい黒人のウェイターの胸ポケットには普通の倍はありそうな長い葉巻が一本、誇らし気に挿してあった。夕方にさしかかりそうな微妙な時間。このまま撮影が終わってしまえば、明らかにカット数が足りない。焦らないではないが、相手が雨と迫り来る夕闇ならなす術はない。カプチーノを楽しむまでだ。しかし、神様もそう意地悪ではないようだ。街にオレンジの灯りが灯る頃、雨は止んだ。マレコン通りへ出てみれば、弧を描いて遠くまで並ぶ街灯が、濡れた路面に映り込んでなんともドラマチックではないか。この旅を通じても、しっとりドラマチックなハバナが見れたのは、このときが最初で最後。これをモノにしないで何を撮る!なぜが工事現場からHavana Clubをグビグビやりながら出て来たおっさんに絡まれながらも、わし等はがんばり通したのだ。結果はCDをご覧あれ!発売は6月22日。

 

フィーバー!

ハバナのナイトライフと言えば、超一流キャバレー「トロピカーナ」だろう。貧乏臭いバックパッカースタイルなら、金はあっても行きづらいが、会社の金でみんなと一緒なら、なんら躊躇する事なくリクエストできるのだ。N氏に、「何度キューバに来たって、トロピカーナを知らなきゃもぐりでしょ!」なんて言い放ち、今夜はフィーバーと相成ったのだ。キャキャキャ!政府役人K氏がフロントで一言口を開けば、長蛇の列など無いも同然、ほとんど客が入っていない席へスコッと通された。う〜ん、権力って下から見てるとムカつくけど、その懐に入ってしまえば、こんな傑作なモンはないのである。屋外の広いステージには1939ー2004の電飾。革命前から連日連夜ド派手なショーが繰り広げられていたと言う事だ。ゲバラやカストロ、革命に共産主義、キューバ危機に経済封鎖、血なま臭く窮屈なモノクロームのイメージと平行して、このギラギラのトロピカーナがラテンのエネルギーを放出し続けていたとは、侮れない連中だね。さあ、今夜はオレ達の打ち上げエネルギーを大放出だ!

 

ドメステにて!

朝6:30。低く浮かんだ満月を眺めながら、まだ暗いハバナ街を抜け空港へ。ハバナから、第2の都市サンティアゴ・デ・クーバへ飛ぶのだ。にしても寒い、やたらに寒い。殺風景なドメステの空港で、まずはコーヒーとホットサンドで体を温める。英語が脇役のこの国では、勘に頼って動く。みんなの動きでチェックインしたり、ゲートへ進んだりするのだ。眠いはずだが、お陰で脳みその覚醒具合はかなりのもの。わしのシナリオでは、なんらかのアナウンスの後でみんながどっとゲートへ進んで行くはずなのだが、一向に集団で移動する気配がない。ぽつり、ぽつりと客がゲートに消えて行く。アナウンスも連発するから、どれがわしに向けて語りかけているのかも分からない。いい加減不安がピークに達し、スタッフに確認。すると、どうぞとゲートの奥へ通された。なんだよ、最初から聞きゃ良かった。でもわしは人に聞くの嫌いなんだよ。なんか面倒臭いしさ。まあ一応言っとくけど、パブリックな場所では英語は通じます。でも、気軽にとなりのおっさんとか英語はダメだ。ゲートの先は屋外で、風をモロにくらって更に寒い。そんな中、フライト待ちの客相手に、バンドが景気良く演奏している。ホント好きね、あんた等!形の崩れたおばはんも、踊れば矍鑠として凛々しい。そのおばはんを真に女性扱いし、格好良く踊る青年。ゲバラのTシャツを着ているが、本人もゲバラの生き写しのようにハンサムだ。幾つだろうが、男は男らしく、女は女らしい。この当たり前が、朝から眩しいのだ。ジェンダーフリーをまき散らす女を捨てたドブ軍団や、どのみち使うアテのない竿をしまい込んで、男の闘いを放棄したダメ野郎の蔓延る何処かの国じゃなかなかお目にかかれない光景だよ。若い男がおばはんの相手するなんてさ。キューバを社会主義だと言う先入観で見ていたが、国が何主義だろうが人間の土台がちゃんとしてるって事なんだろう。朝からいいもん見せてもらったよ。

 

飛行機!

小型の飛行機にお尻から乗り込む。前の窓際を確保。昨日、政府役人K氏の「小ちゃい素敵な飛行機で、着く手前の山越えが結構揺れるよ!」との忠告を思い出す。小ちゃい飛行機、何度乗っても苦手だ。隣に着席したのは、ナイスガイっぷりが眩しいカナダの青年。フレンドリーに話しかけて来たので、久々の英会話を堪能する。青い目曰く、「バラデロに行ったが、ビーチリゾートすぎてつまらん!」だって。行かなくて良かった。ハバナからはそんなに遠くない白いビーチが自慢のリゾートだ。初めてのキューバならハバナとバラデロはセットで旅行会社に勧められるだろう。金持ちの豪邸も多数あり。「小さい飛行機怖いね!」と、わし。青い目はさわやかな笑顔で「I belive.」と一言。わしも信じる努力をしよう。およそ2時間の我慢だ。あっと言う間に飛び立ち、そこそこの高度をキープ。丸い窓の下には、緑で埋め尽くされた地面と、飛行機を追うように沿って走る細い道路が、子供の絵のように可愛い。

 

ヒネ!

ヒネテーロ、ヒネテーラと呼ばれる人がいる。前者はたかり、後者は娼婦。まあ平たく言えば、外国人旅行者をカモにしている人達ですね。激しい揺れもなく、時間も予定より早く着いた飛行機を降りると、わしと青目は一緒にタクシーで街へ行く事にした。タクシー代も安く上がるし、白人の旅行者の腕前も拝見出来る。何よりヒネ軍団から身を守る最も効果的な作戦だ。闘いは一歩空港を出たところから始まっているからね。わしの目的地はHOTEL REX。如何にもそこが常宿のようなそぶりで、よどみなく目的地を告げる。旅慣れた二人組なら無敵なのだ。しかし、無情にもHOTEL REXは改装中で休業中だ。おぉ〜マイガッ!これでは、ガイドブック見て一番安いホテルを口にしただけの間抜けな外人旅行者じゃないか。バレバレなら仕方ない、開き直りだ。「じゃ、どっか安くていい宿頼むよ!」作戦もなにもあったもんじゃない。するとやって来ました、いかにもヒネテーロ風情の若者が。「20$で、どうだ!」と、窓からでかい顔を中に突っ込んでその男。REXが35〜50$なんだから、そりゃ文句なく安い。う〜ん、他にあてなど無いし、選択肢も無い。だからOKするしかない。すると、男は勝手に前の座席に乗り込んで、タクシーは20$へと向かうのだ。ひゃ〜、こういうの意外と興奮するんだよね。どこ連れてかれるんだろ?こいつ誰だろう?オチは何だろう?ってね!ハバナとは明らかに違う太陽が眩しい昼下がりのサンティアゴ・デ・クーバ。やっと、独りの旅が始まるのだ!うぉりゃ〜!

 

ビックママ!

広場をぐるりと回ると、タクシーは止まった。ここで、青い目とはさよならだ。ヒネ男とすぐ近くだと言う民宿に向けて歩く。そう、奴が連れて行こうとしているのは民宿なのだ。だからホテルよりは安いのだ。どんなに安いホテルでもキューバなら3,000円以上はする。バックパッカーには辛い国だ。アジアのように何百円で泊まれるような宿は基本的に無いのだ。角を曲がり急な坂の途中の民家が目的地のようだ。水色のドア脇の呼び鈴を押すと、いかにもスペインの田舎にいそうなビックママが出て来た。一部屋空くからしばらく待ってくれと言う。ここはなかなか立派な家で、ハバナの5,000円のホテルと比べても遜色はない。勿論、豪華じゃないけど清潔で居心地良さそうだ。家族も優しそうだし。断る理由もないので、ここに決める。荷物を置かせてもらい、散歩へ。案内してくれたヒネ男が、さっきの広場まで付いて来た。しかし、意外にも奴はいい奴だ。歩きながら、「こっちからはあまりガラが良くないから行かない方がいい。ここからここまでなら安全だ。」などと、教えてくれたのだ。しかも、満面の笑顔で「楽しんでくれよ!」なんて、言い残して人ごみへ消えて行くのだ。最後に宿の紹介料でも取られるんだろうと思っていたが、違っていたようだ。宿の紹介料はあの20$に含まれているんだね。

 

カリブ!

サンティアゴ・デ・クーバ。古き良きキューバと言ったところか。坂が多くしんどい街だが、道に張り出して主張する看板や電線の絡み具合など独特だ。ハバハとは結構ムードが違う。ハバナでK氏が言っていた、「あそこは大阪みたいなもんだよ」と。大阪とは上手くイメージが合致しないが、分からないでも無い。だか彼が言いたかったのは、第二の都市だと言う事だろう。さっきの男のアドバイスに従い危険区域を避け、海をめざした。賑やかな坂道を下りきるとだだっ広い道路に出た。車はそんなに多くはなく、何台もの馬車がポックリポックリと独特なリズムで行き交う。のどかな地方都市だねこりゃ。カリブ海を一目拝みたかったのだが、生憎そこはイメージのカリブからはかけ離れた、ただの湾だった。殺風景な港の脇の公園では、トランペットを練習する男。その向かいのベンチに腰をかけると、今度こそ如何にも怪し気な男が話しかけてきた。お互い英語がしゃべれず、何を言っているのか理解するのに時間がかかったが、「女はいらんかね!」と言う事だった。一生懸命理解に努めて損をした気分だ。適当にあしらって、席を立った。向かいのトランペットと目が合い、今し方のやり取りを少し照れくさく感じたが、目で「じゃあな!」と合図を送ると、演奏の手を一瞬止め、あごを軽くしゃくりクールな笑顔が返ってきた。映画のような無言のやり取りに結構満足し、再びしんどい坂を登った。

 

カリブ!

宿に帰ってびっくり!部屋は綺麗で、バストイレも部屋付きだ。勿論お湯も出る。でかい冷蔵庫にエアコン、扇風機まで。ベッドは広いし、文句無しだ。これが20$なら、もうホテルなんか用無しだ。荷物を運びつつ、おばちゃんにバラコアに行きたい旨を告げると、すぐにバラコアでの宿泊先を教えてくれた。そしてバスの予約だ。タクシーを呼んでくれてすぐにバスターミナルへ。よし、トントン拍子とは正にこの事。コロンブスが最初に入植した場所。初のキューバでハバナともう一カ所を念入りに検討した結果決めた街だ。なかなか日本では情報が無く、出たとこ勝負で不安だったが、こんなに簡単に道が開けるとは。言えばなんとかなる、一人旅での最高の瞬間だ。タクシーを降りると、めざとくわしを見つけたヒネ男が事務所の中へ案内してくてた。こんな案内で、この男にどう金が回るのか不思議だ。痩せぎすで歯抜け。根はいい奴そうだが油断ならない気配もプンプン匂う、そんな男。しかし、どこの国でもこんな輩はいる。しかもわしのような外人が避けては通れないような場所で手ぐすねを引いているのだ。だから、こっちも神経を尖らせカモられないようにするしかない。こいつ等を上手く乗せて付き合うのがコツだ。今風に言えばウィンウィンの関係ね。って、ケッ!なにがウィンウィンだ。アホらしい。スローライフやスィーツ、パテシエにウィンウィン。どうも最近は聞いちゃいられないような薄い言葉が流行って嫌になる。窓口で明日のバスの予約をする。名前を入れるだけで金は明日でいいそうだ。出発は7:30。せっかくいい宿見つけても、また早起きでさようならだ。

 

ディナ〜!

晩飯はかなりの豪華版。小綺麗で洒落たダイニングのテーブルに、皿が並ぶ。エビのメインディッシュにそうめんのような麺が入ったスープ、ポテトにサラダ、ライス、フレッシュジュース。皿も洒落てて、トータルでなかなかリッチな気分を味わえる。味もクセがなく、とても美味しい。「ママ、ブエノ!」と、お決まりのセリフでママも上機嫌だ。ガイドブックでこういうスタイルの宿の事は知っていたが、こんなに清潔で居心地がいいとは。一体ホテルに何の意味があるんだと、言いたくなるね。ハバナへ戻ったらこういうとこ探そうかな。にしてもここは、キューバの家庭としてはかなり裕福なんじゃないかと思う。政府公認の宿だけに、誰でも始められるわけじゃないだろう。元々ある程度裕福だったのかな?配給で暮らす社会主義の国で、このあからさまな裕福さは何処から来るのだろう。やはり、外貨にアクセスできる位置にいる人達は間違いなく潤うのだろう。そこそこ大画面のテレビを眺めながら、晩飯を楽しんだ。映りはイマイチだけどね。