33days in BHUTAN + INDIA

#050
夜のチョーロンギ通りで指の融けた男に出会った。と書けば大袈裟だが、ま、路上の物乞いだ。何人もの物乞いを無視し続けて一日過ごしたが、なんだか気になるオーラを出した男だった。無条件に物乞いは無視って決めているので通り過ぎたが、左手はポケットの小銭を探していた。何かが気になっていたんだろうね。そして引き返した。
賑やかな店の前の通りに座り込んだ男は50代半ばだろうか、あるいはもっと若いかも知れない。融けた指程度じゃ、セールスポイントとしては弱い。意地悪を言っているのではない。実際にそれじゃ稼げないんじゃないかと心配になったのだ。つくづくインドってのは妙なとこだ。
男は引き返して来たおれに気付いて「お〜、だんな!戻って来たのかい?」ってな顔をこっちに向けた。気になっていたのはその表情だったのかもしれない。でかい眼鏡に写り込んだ街の灯りで、目がよく見えないが、そのせいでかえってファンキーで溌剌として見えた。ちょっとバツの悪い感じで「まあね。」とおれ。地べたの空き缶に2Rsを放ると、男はこの夜の賑わいに負けないようなデカイ笑みで礼を言った。そう、礼を言ったのだ。恵んでやって礼を言われる。当たり前のように思えることだが、実際には恵んでやって文句を言われるのが常だ。だから物乞いは無視と決めている。なんでもインドには人々に徳を積ませるために物乞い達がいるらしいからね。物は言いようかもしれんが、へ理屈もほどほどにせいと言いたくもなる。
しかしこの目の前の男の笑顔には、ひとつ徳を積んじゃった!かな。というトキメキをもらったような気がした。なんだか妙に気分がいいから、確かにその男はおれに何かをくれたんだろう。錯覚でも勘違いでもそう思わせるファンキーな笑顔と礼の言葉だった。華やいだ夜の街で、座り込んだ男に天からスコーンとスポットライトが当てられたような眩しさを感じたね、おれは。
やつのウリは、融けた指ではなくあの笑顔だったとは。笑顔ひとつでインドの路上を生き抜く男、なんだか凄いものを見せてもらった。

 

#051
22:35発の列車で海辺の街プリーを目指す。宿をチェックアウトし表へ出ると、大阪弁のインド人。「どこ行くんや?」「タクシー紹介したろか?」「怪しゅうないで!」愛嬌のある男だが、すでに気分はインドに蝕まれ始めていたのか、誰の世話にもなりたくない気分だった。「ほなな!」と男に別れを言い、通りでタクシーを拾う。夕方のコルカタは渋滞がひどいらしく、ハウラーブリッジを越えて駅に行くのは至難の業だとか。ドライバーは良心的で、フェリーで河を渡るといいと、インドにしては建設的なアドバイスをくれた。値段は70Rs。
フェリーなら冷やかしで何度も乗っていただけに、いい案に思えたが、タクシーを降りて乗り場まで行くと、既に最終が出たらしく窓口はもう閉まっていた。慌てて戻るが、タクシーはもう行ってしまった。こうなったら渋滞覚悟でまたタクシーをつかまえるしかないが、これがなかなか来ない。やっとつかまえたタクシーに70Rsと言われ断った。さっきの70Rsも安くはないし、さらに70Rsなんてアホらしくて払えない。たった140円の事なんだけどね。
時間はたっぷり余裕を見ているから大丈夫だとわかってはいるが、こう言う状況はやはり焦る。仕方なくバスを拾う事に。ここから乗ればほとんどのバスは駅へ向うはずだ。案の定、やって来た車掌のダミ声が駅名を連呼するバスに飛び乗った。お値段は納得の4Rs。いくら日本円で140円でも、バスが8円ならタクシーやはり恐ろしく高いことが良くわかる。ルピーを円に換算してはいけないのだ。そんなの、ボラれたときの慰めにしかならないからね。
駅までは確かにひどい渋滞だった。それに車掌が両替に出かけて戻って来なかったりと、まぁちょっとは冷や冷やさせられたが、無事に駅に到着できた。それにしてもバスから眺めた夕暮れどきのコルカタの街は、なんともド派手でパンチが効いててよかった。エネルギッシュに働く人も、力なく路上に寝る人も、祈るしかない人も、ネオンも蝋燭の火もノイズも匂いも、全てが一つになって蠢くコルカタという名の怪物の細胞のように思えた。夕陽に染まるハウラーブリッジをバスに乗って渡るのは、その怪物の血管を流れるヘモグロビンにでもなった気分だった。私はたった一粒の蛋白質のカケラに過ぎないのであります、ハイ。全ての流れを受け止めてまた吐き出すハウラー駅はさしずめ怪物の心臓といったところだろうか。

掲示板にはまだプリー行きの案内は出ていなかった。ベンチも地べたも人で埋まった駅で居場所を確保するのは結構しんどいが、運良く空いたイスに滑り込んだ。本など読みつつ優雅に時間を潰していたが、ある事に気が付いた。ホームが足りないんじゃないかと。プリー行きは24番ホームだが、ざっと見渡す限りではホームは10本も無い。むむ!インドの駅はいつも分かり辛い。荷物を引きながら駅を探検だ。本など読んでる場合じゃなかったね。案の定、少し離れた場所にど〜んと広がるホームの群れを発見した。ったく。しかも列車は既にホームにいた。指定席でも安心出来ないのは、この街に来る時に乗った列車のダブルブッキングで体験済み。どうせそうなるにしても、先に席に付いた方が気が楽だ。今回はエアコン付きの3段ベッド。この半月、毎晩寝るとこが変わるのは落ち着かないが、日々寝床を確保して前に進むこの感じは結構好きかも。堅いベッドに寝転んで地球儀の上を動き回る自分の姿を思い浮かべた。東京からデリー、そしてジャイガオンからブータンへ。ブータンを一回りしてコルカタへ、そして朝が来ればいよいよ海だ!

 

#052
プリーの海辺のチャイ屋。だだっ広いビーチにポツんと転がった石ころのような佇まいに惹かれて、しょぼいイスに腰を下ろした。 チャイをすすりながら見窄らしい顔つきの店の男と世間話。まだ昼前の海を眺めながらのチャイ。しかし、ただのチャイ屋と思いきや、男はビールを勧めて来た。それを飲んでいると今度は晩飯を勧めて来た。目の前の海で獲れた魚やエビは最高だぞと、なかなかに商売熱心だ。すると寄って来た足の不自由な女が、じゃあ昼飯は家で食っていけと、すぐ横の漁村を指して言った。ここに座っているといろんな物を勧められるんだろうなと思った。そしてそれらは高くも安くもなく、交渉する前に「ま、いっか!」と思ってしまう上手い値付けだと思った。まあ、おれはチョロいカモと言う事だろう。それでもこのチャイ屋でまとわり付いて来る連中が憎めず、勧められるがままに飲み、食べることにした。

足を引きずった女の後に付いて行き、彼女の村に入る。ビーチに漂っていた観光地臭さは瞬時にむせ返るような生活臭に変わった。おれは日常に入り込んでしまった異物なのか、村人の視線は微妙だ。今作るからビールでも飲んで待ってろと、またしてもビールが出て来た。裸で走り回る子供や洗濯や料理の支度など忙しそうな女達。男はみな目の前の海で漁だ。

しばらくして出て来たのはポテトとチキンのカレー。いやカレー風味のポテトとチキンの炒め物といった方が正解かも。出来たてを手でつかんで食べた。見た目が素朴過ぎるだけで不味くなる要素はない。それなりに美味く食べた。明日の昼飯も食べに来いと女。材料を買うから100Rsを置いて行けと言う。なんだか先が思いやられるチャイ屋の面々との出会いで、とにかくプリーの日々が始まった。